「潤日」を読んで-「中国人の苦労が偲ばれる」

本日は、舛友雄大さん著作東洋経済新報社「潤日」を紹介します。

著者の舛友さんは、1985年生まれ、カリフォルニア大学国際関係修士取得後、2010年から2014年まで中国の経済メデイアに入社、駐在。

その後シンガポール国立大学で研究員をした後、アジア情勢を日本語、英語、中国語、インドネシア語で発信しているそうです。

私自身も2011年から2018年に掛けて、中国にて製鉄プラントの営業、そして合弁事業会社を活用したメッキ鋼板ライン製造、販売として事業にかかわり、また万科企業など不動産関連への株式投資もしていたことがありました。

しかし、習近平政権誕生後、中国が製造強国2025、一対一路を掲げ、兎に角輸出促進を強める施策を国として推進し、多くの国から強く警戒されるようになったこと。

更にアリババ、テンセントなど私有企業に対する国家による事業、経営への関与度を高める施策、そして不動産融資規制、私営塾の禁止、ゼロコロナ対策など、国による経済関与度が強くなり、中国経済のダイナミズムが奪われているように感じています。

「潤」という言葉は、最近中国で流行っている言葉で、さまざまな理由からより良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指すそうです。

もともと「儲ける」という意味、及び中国のローマ字表記のピンインでRun、つまり中国から逃げると二つの意味を持つそうです。

目次

プロローグ

第1章 世界の現象としての潤

第2章 タワマンに住む人々

第3章 新お受験戦争

第4章 引退組企業家安住の地

第5章 独自のエコシステム

第6章 地方という開拓地(フロンテイア)

第7章 焦燥する中間層

第8章 リベラル派知識人大集結

第9章 講義者、小粉紅、支黒、大外宣

①世界の現象としての潤

著者が住んだこともあるシンガポールでは、元同僚が中国での暗号通貨の禁止により、勤めている会社がシンガポールに引っ越してきたことで、移住してきた話から始まります。

2022年にシンガポールで中国人が登録した法人が7312社と前年比47%アップ。

不動産や自動車価格の値上げは中国移民の影響だと話していたそうです。

シンガポールは反中暴動が起こる東南アジア周辺国と比べると安全。

食文化も似ており、アジアトップレベルの名門大学があるなど教育環境が良いこともが魅力的に映るそうです。

中国15億人のうち、年収12万人民元超が1億人。

その中で約1000万人が情報封鎖を突破し、かつ外部ネットワークにアクセスする条件を備えており、特権階級や既得権益者200万人を除いた800万人が潜在的な「潤」だと筆者は推定しています。

1992年に中国から流出する移民を中国へ流入する移民から引いた合計順位同数が-87万人の底値を付けた後、2012年 胡錦涛時代の最後は合計順位同数が-12万人まで縮小したそうです。

一方、習近平政権後流出拡大に変わる、2018年以降、2022,2023年と-30万人超に増えているそうです。

また、中国から米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5か国に映った財産は2008年から2020年に掛けて8844億元(約18兆6000億円)に上ったそうです。

アメリカへ入国するために、タイ→トルコ→メキシコ経由で米国入りを画策したり、更にトルコでの規制が強まると日本経由でメキシコに入る形も増えていること。

他にもカンボジア、ギリシャ、キプロスといった中欧の小国で現地のパスポートを買うという手段も横行しているそうです。

特にゼロコロナ政策が最後の引き金となって、あらゆる階層の中国人にとって「海外で自由に動けるベースを確保する」ことが至上命題となり、「潤」は世界各地で同時多発的に起きている一大潮流なんだそうです。

こうやってやってくる多くの「潤日」は、1980年代の改革開放以降日本へ渡ってきた新華僑とは多くの点で異なるそうです。

新華僑は日本と中国の経済格差が大きい中、日本国内で生活できるようサバイバルしてきた。

一方、潤日の最大の関心毎は、自由と豊かな生活を享受しにくるライフスタイルにある。

従来の新華僑の視野は日中両国に限られがちで、商店街で広がる中国コミュニテイが現地社会に溶け込むように望んでいる新華僑的発想なんだそうです。

一方、潤日の人々は、グローバルな視野を持ち、世界の先進国を見渡して比較検討の上で日本を選んでいる。

逆に、日本語取得には関心を示さず、日本社会からは孤立しがちで、全てはWechatグループで事足りる独自のエコシステムがあるんだそうです。

更に、新華僑が政治に無関心であったのに対して、潤日は今の中国政府に多かれ少なかれ不満を抱いている人々が目立つそうです。

東京に住むニューリッチ層は、都心部に住む人が増えており、特に眺望がよく、銀座に近く、価格が割安な東京湾岸エリアとなる有明、豊洲、晴美、品川、芝浦、江南など中国人が多く住むタワマン エリアがあるそうです。

特に2021年以降に竣工したブランズタワー豊洲、パークタワー晴海など、新築のマンションを好む傾向にあるそうです。

また、10戸、20戸のマンションやレジデンスを丸ごと購入し、民博の登録をして、経営管理ビザの内容として使う人もいるそうです。

このように日本などに住宅を構え、住むことの意味を、ある中国の人は「自分の人生にもう一つの選択肢を与えること」と言います。

「コロナ禍の3年間で「新文革」が起き、中国では財産公有制として、お金も部屋も全て公有資産となるという中国政府の喧伝があること、そして2000年代中国が法治社会に向けてゆっくり発展していたのに対して、その後法律より行政権力が大きくなり、安心感がなくなったそうです。

また、「潤」する人々の目的の一つに、上海を中心とする大都市からアッパーミドルクラスが一家で移ってくるケースが後を経たない。

中国では、最初の15分は偉大なリーダーについて、後の15分は海外での戦争を放映するなど、中国国外がカオスの状況にあるという番組構成でいつでもニュースを流しているんだそうです。

また、外部情報へのアクセスが制限されている中国から海外のニュースを見る機会が出来る人から、自分自身が洗脳されていると感じたり、コロナ禍のロックダウン中にいつ出国に制限が掛けられるか分からないという危機感を感じることで、上海のインターナショナルスクールの三分の一の生徒が中国を去ったそうです。

更に近年強化される政治思想の教育が中国語で強制的に実施されるようになったこともあり、日本のインターナショナルスクールに入る中国人の数は増え続けるというトレンドはしばらく変わりそうもないようです。

また、中国人の教育熱心な親が日本の受験難関校を目指す傾向も強くみられ、教育次第で運命は変えられるという考え方が強く根付いていることから、中国にルーツを持つ人々がやがて日本のエリート層に大きな地歩を占めることを予感させるそうです。

②引退組企業家安住の地

2021年から2022年にかけて、中流階級にとっても超富裕層にとっても、日本が移住先として「選択肢の一つ」に入ってきたとある富裕層は語っています。

超富裕層の中国政府に対する信用レベルが大きく傷つき、中国政府による政策が、中国にある彼らの資産の安全性に不信感を抱かせる原因となった。

従い、様々な手段を使って、人民元の資産を徐々に海外に移し始めている。

そのリストの中に日本が含まれる。

何故なら日本の経済が徐々に回復しているからなんだそうです。

また、選んだ国の理由に政策がより安定していて、生活の質がよりよく、私有財産権の保護がよりしっかりしていて、変化があまり早くない場所。

一般的な生活の質、食や文化、消費レベル、不動産、借り入れのコストという点で最も高く評価された国が日本だったそうです。

なお、アリババの創業者 ジャックマー氏、そして不動産開発の万科創業者の王石氏も日本に住んでいるそうです。

なお、過去のナンバーワンの大富豪は多くが自殺したり、逮捕されるようで、中国の企業家が続々日本に生活の拠点を置くようになっているそうです。

空気はキレイで、治安はよく、食事も美味しい。

不動産は円安で安く、季節が4つあり、各国と比べても第一希望になってきているそうです。

また、そういう富裕層は3A(麻布、赤坂、青山)を選び、資産価値が固く、子供の通学にも便利で、いいレストランがすぐ近くにあるところを住むそうです。

本当の富豪は身分をはぐらかすため、中国人が多く住む勝鬨などは、避けるそうです。

③潤日たちが取得するビザの種類

日本で取得するビザは、経営管理ビザが従来メインでしたが、最近は高度人財というビザの申請が増えてきたそうです。

経営管理ビザは、外国人が会社経営や管理職として勤務するために必要な一種の就労ビザで、初回取得時の在留期間は1年間が標準的。

要件として独立した事業所が日本国内に確保されており、事業の適正性、安定性、継続性が示せることが求められる他、500万円以上の出資、もしくは日本に居住する常勤職員を2名以上雇用することが必須だそうです。

この経営管理ビザは、年齢制限がなく、日本語レベルの要求がなく、従業員として働かされることがなく自由に過ごせる条件があるそうです。

このビザでやってくる中国人は、日本でビジネスを模索する人が多く、対外貿易、移民仲介、カフェレストラン経営をしている中間層が多いそうです。

また、不動産投資をやっている人が半分以上いて、その他小物の販売や八百屋、マッサージ店、そしてコンサルテイングを含めたサービス業に従事しているそうです。

一方、高度人財ビザは日本の経済成長を促す観点から、高度な能力や資質を持つ外国人を受け入れることを主眼に置かれ、親の帯同が可能など優遇されており、高度専門職1号だと、現行制度の最長の在留5年が可能なんだそうです。

具体的な学歴、職歴、年収、日本語能力等の項目ごとにポイントが与えられ、その合計が70点以上に達した人が高度人財と認められるそうです。

例えばMBA卒だと学歴がフルスコア、職歴もフルスコアだそうです。

例えば米国のトップMBA卒でJPモルガンなどで働いていた人、日本語が話せる米国企業勤務経験者で年収が軽く1000万円を超えていた人なども当てはまるそうです。

更に、高度人財ビザを申請して日本に入国して1年以上普通に暮らし、会社の登記をして、自分の給与をちゃんと申告し、社会保険も全部日本の法律を守って申請していた人たちは1年半ぐらいで永住権をもらえるんだそうです。

また、都内でファミリーオフィスを経営する男性は千葉に1万8000平米ほどの土地を買い、富豪向けに大規模な分譲住宅の開発を進めている人もいるそうです。

④焦燥する中間層

コロナ後中国では経済的な影響があり、あらゆるセクターで一定の経済的な反動があり、貧しくなった。

もともと米国で勉強させようと思っていた裕福な親でも資金がなくなって米国に行かせられない。

日本は経済的なコストがちょうどいいので、こういった人が日本に来る。

そして中国で今、より深刻な学歴社会となり、2023年に全国で400万人が大学院を受験し、うち100万人以下しか入れない。

院試に失敗した多くの人が日本にやってきているそうです。

また、2024年1月末時点で東京証券取引所の時価総額が上海市場を3年半ぶりに上回り、対日投資の流れが中国で活発になっており、業界や企業文化というコンテンツを体系的に学ぶニーズが高まっているそうです。

明治維新以降に産業化社会に入ってからの企業や業界の変遷、日本人経営者の哲学にも興味があり、高齢化社会対応や日本の家族経営の事業継承にも興味があるようです。

一方、受け入れる日本企業側は、日本語スキルが求められ、日本で働く意欲がある中国人エンジニアは少なくないが、日本人が経営する大手企業で働くような動きにはつながっておらず、今後も、就職先は労働環境が整っており、賃金レベルも高い外資系企業にしか行かないという見方もあるそうです。

⑤東京が知識人にとっての最前線に

2023年8月に東京銀座に「単向街書店」が開店した。

ここでは、主に中国で出版された華語書籍を取り扱い、日本語や英語の本も販売している。

テーマは日中のみならず、アジアの知識人や思想家を幅広くカバーされているそうです。

この書店を立ち上げた仕掛け人の一人が中国で良く知られる知識人の許知遠氏。

イベントが開催でき、コミュニテイ形成の意味合いも強いそうです。

絶対数としてはまだ少ないながらも、民主主義や法の支配など日本人と価値観を共有する中国人が日本に流れ込むようになっていること。

その背景に、北京五輪後に中国での言論空間が縮小しはじめ、習近平時代が本格化するにつれ、こうした人々の活躍の場がガクッと少なくなった現状があるそうです。

数年前に習近平氏自ら肉まんを購入したことから、「肉まんがボロボロになっているツイート」や「丸焦げで餡があらわになった肉まんのツイート」といった習近平氏を揶揄する投稿を上げたところ、この二つのツイートで懲役1年の実刑が下った事件があったそうです。

また、東京大学の阿古智子教授は、自宅をかねて中野に「亜州こもんず」を立ち上げ、言論活動への統制が強まる中国などから逃げてきたゲストが宿泊してきたそうです。

「今まで香港でやっていたような講演会ができないから、香港中文大学の代わりに東京大学がやっているみたいな感じでいう人もいるらしく、中華圏の言論活動を活発にやっていきたい」そうです。

⑥生身の中国新移民に向き合うこと

最後に筆者は、日本では近年「中国=悪い」というイメージがもはや定着しており、ムード的には嫌いを超えて、もはや無関心になっていると言えると感じるそうです。

一方、

・悪化を続ける受験戦争を避け、良質な教育を求めてくる一家、

・割安なタワマンなどを通じて資産保全を図る中年層

・毒された情報空間から抜け出し自由な言論空間を享受したい知識人、

・行き過ぎた愛国主義をおそれるうちに安心安全なリタイヤ生活を過ごしたいと思うに至った経営者

この中国の抑圧から逃げる人々「潤」に日本がどのように向き合っていくべきか。

長期的には、経済エリートや政治エリートが誕生する事態も想定しておかねばならないかもしれない。

「潤」は日本に現れた「もう一つの新しい中国」ともいえ、とにもかくにも日中新時代の幕開けだと筆者は断言している。

米中新冷戦のさなか、世界はブロック化の兆しを見せつつある中、両ブロックの境目に位置する日本海や東シナ海を超えて中国新移民たちが日本に渡ってくる。

一方、中国に目を転ずると習近平体制が続く限り、「潤」は加速する。

中国で人口が減少に転じており、高齢化対策が愁眉の課題の中、多額の資産をもつような有能な人々が流出し続けることがボデイブローのように効いてくるに違いない。

こんな纏めを筆者はしています。

⑦本を読んだ私の所感

この本を読んだある日本人研究者の方のFacebook投稿を見て、私は愕然としました。

「中国人には、社会/公益という概念がない」

「資金やパワーのある人が無制限に自分たちの論理だけで物事を進めるのには一定の制限を掛けなければならない」

上の考えは中国人をより理解している立場からすると、その通りの面が多いのでしょう。

私自身、中国だけでなく、インドなども訪問する中、大国としてのエゴがむき出しになる場面を感じることも何度かありました。

また、中国人富裕層による権力の行使が、従来、日本人が想像しているものを超えた物になる可能性が高いことも理解出来ます。

一方、仕事柄、私自身インドネシア華僑1世、2世との付き合いから、特に2代目となると、中国の考え方に迎合することはなく、寧ろ中国の考え方に反発し、インドネシアの価値観を大切にし、地域社会に溶け込む努力をしているのをよく見ていました。

勿論、1世がまず有能で馬車馬のように働き、勉強もする。

こういった人々が社会的にも経済的にもエリートになっていくのは仕方がない部分もあると私は考えます。

勿論、スーパー富裕層の世界には、私が想像も付かない形で日本社会を変えていく部分もあるのでしょう。

しかし、もし私自身が中国人であれば、中国での事業が厳しくなったり、共産党による言論、私有資産への締め付けが厳しくなる中、苦労してでも、他国に逃げられれば逃げると想像します。

従って、このような「潤」と言われる移民をより理解を図りながら、迎える立場でいたいと思ったのが、この本を読んだ感想です。