「真のバリュー投資のための企業価値分析」を読んで

本日は柳下裕紀さん著作「真のバリュー投資のための企業価値分析」を紹介します。

柳下さんは、シテイコープという米系金融グループで証券会社に配属され、債券 ストラテジストとして7年経験。

その後資産運用会社へ転向、機関投資家として24年間米国、アジア株、日本株のファンド運営に携わってきたそうです。

特にValue Partners Groupでのファンドマネジャー経験をしたことで、株式市場、債券、金利の市場、更に企業再生、経営企画や債券実務にも現場で関わり、多角的かつ広域な視野と経験値を獲得したそうです。

この投資の本質を深堀し続けるうちに、もっと広く社会に価値を提供することで、より多くの人々がより大きな価値を創造する好循環を作り出したいという考えに立ち、この本やセミナーを通じてゆるぎない価値基準を確立してもらおうとしているそうです。

第1章 真のバリュー投資と企業価値分析の基礎

第2章 価値創造の決定要因

第3章 投資家が知るべきファイナンス理論の基本

第4章 M&Aによる価値創造

第5章 「負けない投資」実践のための思考訓練

①本質価値とは-会計上の利益はフィクション、キャッシュフローこそ力の源泉

「期間損益を計算し、決算書を作成すること」を目的として設計されている財務会計では、従業員に給料も払えず、あくまでキャッシュが実際に手に入り、それを経営活動の中で回していかなければ、企業は維持していけない。

筆者は「真実の数値」はリアルであるキャッシュで考え、キャッシュこそ企業の価値の基準とし、フローで計測しなければならない

つまり、投資先の企業を選ぶには、キャッシュを生み出す力があるかどうかが最も重要と考えています。

この「調達」「投資」「分配」という企業の事業活動にまつわる資金の流れ、経営者としての意思決定にかかわる財務的な方法論がファイナンス理論と呼ばれます。

活動の意思決定全ての目的こそが、企業価値の最大化であり、将来生み出すキャッシュフローがどうなるかにフォーカスすると考えるそうです。

なお、投資家として、キャッシュフローには営業CF、投資CF、財務CFがあります。

設備投資に見合った価値創造力があるかを見るに辺り、投資CFに対する営業CFの比率が100%以上になっているかどうかを確認する作業があります。

また、投資家が分析する際、この判断は複数年、できれば10年程度は最低でもさかのぼり、推移を確認する必要があるそうです。

②本業で儲ける能力、資本の効率性を確認するROIC(投下資本利益率)

ROIC=税引き後営業利益÷投下資本(固定資産+賞味運転資本(流動資産-流動負債))で表されます。

ROICはすべての資金提供者(株主と債権者)から調達した資金のうち、どれだけが事業活動に投下され、その投下資本に対し、どのくらい効率的に利益を生み出しているのかをみていると考えるそうです。

ちなみに、投下資本は、

①運用サイドからみると固定資産・投資その他+商務運転資本、

②調達サイドから見ると有利子負債+株主資本

となります。

最終的な投資判断のためには、将来価値をDCF法(割引キャッシュフロー法)で算定する必要があります。

その前提として、投資の検討に値する、それだけ徹底した分析評価の労力に見合う価値があるかを見極めるための最も重要な道標こそが、ROICと資本コストと考えるそうです。

③DCF法による分析の過程を通じた企業理解

FCFが税引き後営業利益+日現金支出-運転資本の増減額-投資額で表されるのに対して、DCF法は、資本コストを計算し、フリーキャッシュフローの予測を立て、継続価値を求め、事業価値を求めます。

更に土地や建物などの遊休資産を時価評価し、非事業価値を加え、負債額を控除し、株式価値を求め、発行済株式総数で割り、理論株式を計算するそうです。

このDCF法によって現時点での妥当な価格の算定をするには、参入障壁、ビジネスモデル、バリュードライバー、商品・製品マーケットの状況、財務オペレーションの合理性、経営意思決定の基準などいくつもの定量、定性調査をする必要があるそうです。

④参入障壁による「代替性が低く、高いマージンを得ることができる商品やサービス」の提供

参入の障壁になるような商品・製品やサービス、つまり他の企業が、そのビジネスに参入することを思いとどまらせるような障壁があるからこそ、フランチャイズ(特権を与える)バリューが生まれる、競争優位性があり、バリュー投資で選択すべき銘柄だそうです。

その具体的な企業の参入障壁について、以下の7つを筆者は上げています。

1規模の経済性

2製品差別化。

3巨額の投資

4流通チャネル

5独占的な製品技術

6経験曲線効果

7政府の政策

本コラムでは、著書に書かれていた事例のうち、二つ紹介します。

一つはアマゾンです。

彼らが展開するプラットフォームビジネス、その価値創造の源泉である顧客ロイヤリテイの確立は、圧倒的に優れた倉庫管理や物流システムの設計運営にありました。

システム投資、物流センター投資、データセンター投資と徹底したインフラ投資を継続してきたため、いつまでたっても純利益は出ない状況であったにもかかわらず、営業CFは一貫して毎年右肩上がりで、20年以上一度も前年を下回っていないそうです。

この巨額の投資によって、生み出された強みがフランチャイズバリューと著者は考えています。

また、経験曲線効果としては、ワークマンを取り上げています。

作業服の専門チェーンで圧倒的シェアを持っていたワークマンが国内市場では飽和になることを見越し、アウトドアウェア分野に新規参入を決断しました。

新業態1号店をオープンさせるまでにPB商品の開発、需要予測システムの精度向上、全社的なデータドリブン体制構築、SCMの最適化を整えることで、数年がかりで綿密な計画と準備がなされ、販売実績データの蓄積がオープン前に十分貯まっていたそうです。

上でいうところの経験曲線カーブですね。

尚、帰属する市場や事業の成長性と、当該企業のキャッシュフローの成長性とは異なることを筆者は強く意識しています。

市場・事業の成長性が高い場合、その企業が技術や製品や商品で参入障壁を築いていたとしても、他企業がそれを乗り越えて参入しようという可能性が限りなく高くなることから、価値創造のうえでは確実にマイナスとなります。

急激な需要拡大局面であっても、経営者は安定定期且つ継続可能なレベルに平準化させるような事業運営を目指さなければならないそうです。

この成長拡大事業ではないからこそ高いバリューを享受しやすいという戦略が「ニッチトップ」という考え方です。

圧倒的な技術力・製品力、きめ細かくつくりこんだ仕組みなどの差別化を図れた中小企業がトップシェアをとり、付加価値を享受できる素地があるといいます。

その一つの例にバイクヘルメットメーカーのSHOEIを挙げています。

SHOEIは国内でも唯一大型の風洞実験施設を保有し、数十億円も投資を行っていることで、製品差別化に結び付いて高いフランチャイズバリューを創造しています。

その結果、プレミアムバイクヘルメットの世界市場で6割のシェアを持っているそうです。

尚、モノづくりのバリューに関しては、高機能や最先端を追っているだけではほとんど意味がなく、成長市場での競争にも巻き込まれやすいこと。

つまり、戦い方、勝ち方を掘り下げる思考がなければ、価値創造には結び付きにくいといいます。

デファクト化や好循環といった仕組化。売り方を含む戦い方を問題にするビジネスモデルを考える必要があります

その際顧客ロイヤリテイの囲い込み、

①当初提供した商品に特性やサービスを付け加えることで、スイッチングコストを引き上げる。

②仕組みによって購買頻度を高め、「習慣」付けを強固にする。

③提供サービスの範囲を広げるとともに、複雑化し、顧客満足度を上げることで「サーチコストを引き上げる。」

といった3つの要素が考えられるそうです。

例えばシスメックスという会社では、検体検査の領域で機器や検査用試薬を開発、製造、販売しているそうですが、グローバルシェア5割の血球計数検査の中で、機器に加え、試薬、ソフトウェアをワンストップで提供できることが「サーチコスト」の引き上げに繋がる強みだそうです。

⑤ファイナンスの観点からみたキャッシュフロー計算書

企業には、導入期、成長期、成熟期、衰退期と大別すると4つの事業サイクルがあり、導入期は投資が先行するため、投資CFがマイナス。営業CFもマイナスになります。

成長期については、投資CFはマイナス、営業CFはプラスになります。

成熟期になると、投資対象がなくなってくる時期に入るため、投資CFはプラス、営業CFはプラス、財務キャッシュフローを株主還元を積極的に行う時期に入ります。

最後の衰退期は、投資CFはプラス、営業CFがマイナスに転じ、財務CFもマイナスになると考えます。

⑥真のバリュー投資の対象となる企業について

真のバリュー投資となりえる企業は、10-20年を見越したときに、当該企業が存在意義、つまり長続きする競争優位性(参入障壁)を持っているかを重要視します。

その際、業界を超えた本質的な競争であり、ビジネス自体が今後いかなる競争環境に置かれていくのか、を判断しなくてはいけないそうです。

また、優良企業は常に普段の変革、絶え間ない改善を行っており、投資家は、こうした根本的な体質が組織内に確立されていない企業の場合、根本的な体質は変えられないと判断するそうです。

5年、10年、20年、さらに永久に保有し続ける可能性を鑑みれば、ヒトの要素に頼る投資こそが不確実性が高い

企業の内部で広く共有され、集合知の中で改善していくバリューチェーンが確立されていなければ、将来に永続して価値創造できる企業にはなれないといいます。

また、サステイナブルな価値創造を確認して組み入れ、競争優位性が変わらない限り保有し続けて、長期に複利で増大する企業価値を享受する事、その複利思考がバリュー投資の肝だそうです。

⑦自分の所感-参入障壁を真面目に考えたい

振り返ってみると、自分の投資に関しても、また事業に関しても、成長産業にばかり目が行って、何が競争力の源泉で、長期間投資をすること、若しくは自社のビジネスでも参入障壁のしくみを考える視点が希薄だったことを、前回の奥野 一成さんの本でも強く感じました。

「ビジネスエリートになるための投資家の思考法」を読んで – アイアンマンブログ (ironman1977.com)

また、この本は、投資に値する企業か否かを分析するに辺り、具体的に理論株価まで算出する方法を提示しています。

更に、奥野さん同様、ご自身が上記分析を踏まえた株式会社についても、公表されています。投資運用関連 – Investment Management – | Aurea Lotus

こういったプロフェッショナルな方が、具体的な推薦銘柄、そしてその分析手法、考え方を書籍で出していただいているのは、凄くありがたいと思います。

本自体は、テクニカルな部分も多分に含み、網羅的に理解するのは、難しい側面もあります。

しかし、株式投資するにも、自社のビジネスを考えるにも、読んで勉強する価値は多分にあります。

是非本を読んだり、柳下さんのセミナーに参加し、柳下さんの投資術の真髄に触れていただければと思います。