「銭湯から広げるまちづくり」を読んで‐街と銭湯が繋がっていく!

本日は、加藤 優一さん著作 学生出版社出版「銭湯から広げるまちづくり」を紹介します。

著者の加藤さんは、1987年山形県生まれ、建築の企画・設計から運営・研究に至るまでのプロセス全体に携わり、銭湯を起点にしたシェアスペースの経営や、地域資源を生かした空き家再生など、事業の視点からまちづくりを実践中とのことです。

私は、羽田さんというSNS営業術を広めた方が始めた湯舟プロジェクトがきっかけで、銭湯について研究してみようと手に取ったのがこの本でした。

1章 常連客が始めた新しい事業「小杉湯となり」

2章 銭湯のポテンシャルを探る

3章 銭湯のある暮らしを広げる、まちのシェアスペース

4章 銭湯の居心地をづくる

5章 銭湯を起点にしたエリアリノベーション

6章 銭湯に学ぶ、実践的計画

①1日500人が訪れる人気銭湯「小杉湯」、その隣の「小杉湯どなり」

高円寺から徒歩5分、細い路地の向こうに寺社仏閣を思わせる宮づくりの建物、中に進むと各天井が広がり、奥に進むと掃除が行き届いた浴室と大きな富士山のペンキ絵が出迎える。

お風呂は4種類、営業時間は15時半から深夜の1時半まで。

小杉湯は若い利用客が多く、掃除、レンタルタオル、シャンプー、クレンジングから化粧水までアメニテイも完備。

更に毎週のように行われるイベント、季節に合わせた日替わり湯や商品の販売など、毎日来ても飽きない工夫がされており、営業時間前は、ヨガ教室が行われている。

そんな小杉湯の隣にある小杉湯どなりがこの本の主題です。

小杉湯を出て、ランドリーのわきにある入口から小杉湯となりに入ると、キッチンカウンターがあり、湯上りの食卓が楽しめ、あたたかい日には開け放つこともできる。

更にキッチンカウンターの裏にある会談をのぼると、視覚が一気に開け、15畳の小上がりが広がる。

2階は、窓際にカウンター席、中央にちゃぶ台がある書斎のような場所となる。

そして3階は六畳一間で自分の時間を過ごせる個室があり、プライベートな空間として使うことができる。

「銭湯のある暮らしを体験できる場所」として生まれたのが小杉湯となりだが、この小杉湯となりを運営するのは、小杉湯の常連たちが作った会社なんだそうです。

実は小杉湯となり誕生のきっかけは、2020年オープンの3年前、2017年に小杉湯が所有する風呂無しアパートを1年限定で活用するところから、アパートで共に暮らすプロジェクト「銭湯ぐらし」を立ち上げ、アパートに集まった仲間と法人をつくり、アパート解体跡地に建てる新築の建物として小杉湯となりを企画運営することになったそうです。

尚、小杉湯は、小杉湯となり以外にも、周辺の古民家を活用したサテライトスペース「小杉湯となりーはなれ」、空きアパートの再生した「湯アパートやまざき」などを運営しているそうです。

②小杉湯の沿革

小杉湯は、1933年創業。3代のオーナーが携わってきたそうです。

創業者の小山さんが杉並区につくったため、小杉湯と命名。

「いつも清潔でキレイにする」ことを徹底し、少しずつ客を増やしてきたそうです。

二代目平松さんが模索したのは、水風呂と待合室を整備し、「30分の滞在時間を1時間にすること」を目指したこと。

そして駅から近いという立地を活かして、さまざまな人が関わる工夫を凝らす。

例えば待合室の壁をギャラリーとして貸し出したり、営業時間外で落語や演劇を開催したり、時には駅前のミュージシャンのライブを行うなど、入浴以外の目的も楽しんでもらうことで客層を広げたそうです。

更に2017年三代目として平松佑介さんが就任。

「100年先まで続ける」をモットーに、持続可能な運営体制をとの得たいという思いから、法人化に踏切り、経営を家族以外にも開き、イラストレーターや経営コンサルタント、コミュニテイマネジャーなど、銭湯になじみのなかったキャラクターが参画したそうです。

尚、小杉湯が大切にしている取り組みの一つに「環境」そのものを守ることにある。

「人が集まる銭湯だからイベントが生まれる」のであり、新しい取り組みに果敢に挑みつつも、その背後出銭湯という場の居心地を保つことに誠実に向き合い続けることが、多くの人に愛される秘訣だと著者は言います。

また、小杉湯が大切にしている取り組み2つ目は「ケ(日常)の日のハレ(非日常)」家の風呂が日常、温泉が非日常だとすると、小杉湯はその中間にある「ちょっとした幸福感」を目指しているそうです。

その考えを体現する方法の一つにアメニテイへの拘りがあり、バスタオルはオーガニックコットンをりようした「Ikeuchi Organic」、タオルを洗う洗剤は手作りの製法にこだわる 「木村石鹸」、消臭剤は「ハル・インダストリ」が使われているそうです。

また、ワンコインで1時間ほど過ごせる場所と捉えると、小杉湯は当時ライバルを「スターバックス」と設定していたそうです。

③銭湯のポテンシャルを探る

著者の加藤さんは、大学卒業後設計事務所に就職、高円寺に住まいを見つけ、小菅湯が最寄りの銭湯になったこと。

銭湯に行くと居合わせた人と言葉を交わさなくても、人とのつながりを感じることが出来、安心できるなか、高円寺のまちづくりに関わりたいと思うようになっていったそうです。

そこで、小杉湯三代目の平松さんと対話する中、加藤さんが建築やまちづくりを専門にしていると伝えたところ、「隣のアパートを解体するので、相談に乗ってほしい」と言われたのが「小杉湯となり」誕生のきっかけだったそうです。

そのアパートは風呂無し物件であったが、「銭湯つきアパート」と捉えることで、興味がある人がいるはず。

ということで、毎日のように小杉湯に通い、さらにまちづくりのきっかけを探していた加藤さんは「実際に住んでみる」ことになったそうです。

更に高円寺にはクリエイターが多く住んでいることから、「銭湯×風呂無しアパート×銭湯好きのクリエイター」を地方の資源と捉えて組み合わせれば、面白い化学反応が生まれる。

1枚の企画書をもって、アパートの持ち主である二代目に提案する場を設けてもらい、「若い人がアパートを使ってチャレンジしてくれるのは嬉しい」と二代目も予想以上に喜んでもらい、期間限定かつ家賃無料で募集。

すぐに「銭湯が好き」なデザイナーやミュージシャンなど10人の入居者が決まったそうです。

また、最初に決めたのが、それぞれ入居者が行う実験内容。

観光に興味がある人は「銭湯付き宿泊事業」を行うなど、自分の興味や専門分野と銭湯をかけ合わせ、隣に小杉湯があるからこそできる活動を持ち寄ることに。

次に1人1部屋を確保したうえで、残りの部屋は全員の共有部屋や宿泊用の部屋とし、週1回は共有部屋に集まり、活動の進捗を共有することを唯一のルールとしたそうです。

①銭湯×創作環境:オンオフのあるワークスペース

参加されたアートプランナーの大黒さんは、多くの作家が作業に打ち込みすぎて体を壊していることが課題意識としてあり、作業の後に大きな湯船で息抜きできる銭湯付きアトリエをつくり、多くの客から実に多様な活動と作品が生まれたそうです。

②銭湯×イベント:入浴以外の活動を組み合わせる

ミュージシャンの江本さんは、銭湯の音の響きに注目し、小杉湯の浴室で音楽フェスを開催。

定休日に複数のミュージシャンを招き、男湯、女湯で交互に弾き語りライブを行うイベントを開催することで、来場者の半数を占める20代から「銭湯に来たことはなかったが、今後利用してみたい」という若者が銭湯を利用するきっかけにもなったそうです。

③銭湯×企業連携:日常を介して商品を届ける

観光プロデユーサーの宮早さんは、銭湯を介した企業のPRや全国の生産者とのコラボレーションを実施。

例えばミカン農家とのコラボで、規格外商品を安価に提供してもらい、小杉湯の日替わり湯に活用する代わりに、銭湯のロビーでみかんの販売促進を行うという仕組みを実施。

この取り組みをきっかけに小杉湯では全国の生産者との連携が広がり、「もったいない風呂」という名前で日替わり湯を支えているそうです。

④銭湯×デザイン:場との対話を促す情報デザイン

イラストレーターの塩谷さんは、銭湯の魅力やマナーをイラストで表現したそうです。

禁止事項が並んだ空間では窮屈さを感じるため、親しみやすい手書きのイラストでポスターをつくり、銭湯の居心地を保ちながら、情報を伝えようとした。

更に、各地の銭湯を聖地な立体図で表現した「銭湯図解」というイラストを制作し、銭湯に行ったことがなく利用をためらう人の心理的ハードルを下げ、安心感を醸成することにつなげたそうです。

⑤銭湯×分散型宿:まちを家のように楽しむ観光

小杉湯の番台で働いていたレイソンさんは、日本の銭湯文化の魅力を海外の人に伝えたいと考えており、銭湯に入ることを前提にした宿泊事業を開始。

近年「その土地に暮らすような旅」が観光のスタイルとして注目されているが、銭湯がその拠点として価値ある場所と捉え、宿泊機能を1つの建物で完結させるのではなく、まち全体を活用する仕組みをつくり、利用者が街を楽しむ観光を作ったそうです。

⑥銭湯×他拠点居住:まちで暮らしをシェアする

著者の加藤さんは、東京と地方の「2拠点居住」の実践を試みたそうです。

当時地元の山形にまちづくり法人を設立して間もなかったため、月の半分は山形。

従い、帰ってこられる精神的なよりどころやに荷物を置いておく物理的な場所が必要だったそうです。

風呂無しアパートが複数拠点を持つ暮らし方にフィットしたそうで、銭湯で大きな湯船につかり、商店街で顔なじみの人と挨拶を交わす。

「銭湯のある暮らし」は、自分の暮らしをまちでシェアするライフスタイルであり、その豊かさを知るきっかけとなったそうです。

尚、加藤さんが感じた銭湯の価値。

一つは銭湯は気張らずに行ける日常の居場所であり、ある人にとっては明日の英気を養うための自分へのご褒美であったり、1日を振り返りながら頭の中の整理をする時間だったりする。

また銭湯の方が本音で話せるそうで、自分を開放することで他者との関係性も生まれる。

二つ目に、オンラインのコミュニケーションが一般化したことで、リアルな場でしか得られない交流が貴重になっている。

銭湯では普段は接することがない世代の人と出会ったり、自分の暮らしに歴史ある場所を取り込んだり、地域に根差してきた場所を利用することが、街の時間軸の延長に自らを定着させる行為だと加藤さんは考えるそうです。

三つ目は、心と体の力を抜いてゆっくりする。

現代都市生活において、新しい情報はたくさんあっても、消化する時間がない人が多い中、銭湯は、強制的に「電波の届かない場所」に連れて行ってくれることで、「何もしないこと」が許される。

加藤さん本人も仕事に追われ、たまの休みはストレス発散のため朝までお酒を飲むという生活だったのが、小杉湯に通い始めてから銭湯の時間が門限替わりとなり、生活のリズムができ、1日の終わりに楽しみがあることで、仕事も充実し始めたそうです。

四つ目に銭湯では会話をしなくても人とのつながりを感じられる。

番台スタッフとのちょっとした会話はもちろん、常連さん同士で言葉をかわすことも珍しくない。

⑦銭湯のある暮らしを広げる、まちのシェアスペース

銭湯つきアパートでの生活実験を経て、小杉湯の隣に建てる新しい建物をつくり、事業を立ち上げるフェーズに入る。

その際、アパートの住民だった10名で法人をつくることになったそうです。

ところが、最初に直面したのが、全員で1つの目標に向かうむずかしさ。

理想とする場のコンセプトと事業性の両立のむずかしさ。

つまり目指していたのは「銭湯の居心地」だが、採算が合わない。

また、当事者の意見をまとめて一つの方針を打ち出すというのが難しかったそうです。

結果、生活実験で実践していた「全員が当事者になる」という考え方に基づき、大きな計画を選考させるのではなく、一人ひとりが挑戦したい事業の集合体で全体をつくるという発想に切り替えたんだそうです。

また、企画者が小杉湯のお客さんであったことで、「だれか」に向けたサービスではなく「自分」たちの暮らしを充実させるという前提に立ったうえで、その価値を周りの人に届けるという考え方に変えたそうです。

一方、実際に場を運用するためには、現在のメンバーでは力不足。

経営基盤を支えるコーポレートの知識や、情報発信を担うPR・ライテイングのスキル、現場での飲食やイベント経験などさまざまなキャラクターが必要。

そこで、「銭湯で何かやってみたい」人に向けて困っていることをオープンにし、活動の進捗や課題をSNSなどで発信し、定例会の名も「オープン会議」と改め、だれでも参加できるようにした。

すると、メンバー―の知人や活動に興味がある人が現れるようになり、回を重ねるうち「自分ならこれができそう」と役割を見つけてくれたら、その時点で改めて参画の相談をし、メンバーが担ってくれたそうです。

なお、小杉湯が建物改築の初期投資を担い、投資の返済額を銭湯ぐらしが家賃として返済し、責任をもって直接運用することにしたそうです。

⑧銭湯の居心地をつくる

銭湯ぐらしが開業した時、世の中はコロナが始まったタイミングだったそうです。

そんななかでの運営を強いられる中、銭湯の居心地に立ちかえる、つまりこの場を最も使いこなしてくれる常連さんに絞る「会員限定」とし、月額2万円で小杉湯となりを使いたい放題使える権利他、チケットが毎日10枚(銭湯の入浴券、周辺店舗の割引券、レンタサイクル)付与されるというものにし、その会員の交流から、また更なるイベントが開かれたり、運営に携わる人が出てきたりしたそうです。

その後、銭湯の半径500m県内を家ととらえ、自宅ですべての生活機能を所有するのではなく、まちで共有する事で、豊かな生活環境や地域との繋がりを生む状態をつくる。

そのために小杉湯となりーはなれ、湯パート山崎など空き家を利用し、小杉湯を中心とした高円寺に更なる広がりを作っているそうです。

⑨私の所感

銭湯を地域の中心に持ってくる。

そもそも羽田さんが主催する湯舟プロジェクトに入るまで、私は銭湯の魅力に気づいていなかった人間です。

しかし、地域との繋がりを意識し始めた今では、その交流の一つに銭湯があるのも面白いと感じ始めました。

この本の紹介は、湯舟プロジェクトのメンバーに、小杉湯及び小杉湯はなれから始まった銭湯×〇〇による生活の充実、イノベーションを知ってもらおうと思い、書評にしてみました。

良ければ、本書をじっくり読んでみてください。