里山を創生する「デザイン的思考」を読んで-トータルコンセプトの大事さ

私の妻の実家が長野県ということもあり、地方創生という視点でどういったことを考えればよいのか興味はありました。

今日は、ご自身で雑誌の編集をしながら、実際に旅館の経営の世界に飛び込み、里山十帖という旅館を経営する岩佐十良さんの「里山を創生する「デザイン的思考」」という本を紹介します。

この本は、2015年に創刊された本ですが、主題となる里山十帖という旅館が今も経営が続いていることなども含め、どうやって新潟県魚沼市というそこまで観光地として有名ではない場所で旅館の需要を作っていったのか。

そして数億円の借金をした上で、最初から稼働率90%超という経営を成り立たせたのかという視点でこの本を読み、紹介させていただきました。

岩佐十良さんは、武蔵野美術大学在学中に株式会社自由人を創業。

2000年にライフスタイル雑誌「自遊人」を創刊。

2004年に新潟県魚沼に事業の本拠地を移し、2014年5月に里山十帖をオープンしました。

目次

第1章 里山十帖開業までの奮闘記Step1 すべての始まり

第2章 デザイン的思考とは何か

第3章 デザイン思考が生んだ成功法則、10のポイント

➀今どき宿は大金持ちが節税のために始める以外成り立たない-はずが事業開始3か月で90%超の稼働率

岩佐さんが経営する里山十帖は新潟県魚沼市、大沢山温泉という新潟県でも知る人がほとんどいないマイナーな温泉地だそうです。

一方、ご自身が東京から引っ越し、住んでみると、魚沼産コシヒカリに加え、伝統野菜、八海山、鶴齢、高千代といったお酒、雪国ならではの保存食、発酵食といった食文化が素晴らしかったことを挙げています。

また圧倒的な自然、温泉の豊富さがあり、東京から新幹線で1時間15分、車で2時間とアクセスが良かったそうです。

実は、どんな地域でも地域の魅力はちょっと違う角度から眺めると幾らでも掘り起こせる。

しかし、それが日常となってしまった地元の人はその魅力になかなか気が付かない。

そして、観光に関わる人が地元の人であることが、隠れた魅力をより伝えにくくしている。

この魚沼という地方にも隠れた魅力があったというのが岩佐さんの考えです。

加えて、魚沼というエリアは東京からの距離で比較すると上田とほぼ同じです。

上田周辺は別所温泉や鹿教湯温泉など観光地としても認知されている一方、魚沼は認知度が極めて低い。

従来のマーケティング論での分析では魚沼での旅館開業は難しく、高価格帯での宿の成功はあり得ないという結論に至るそうです。

一方、岩佐さんが実地で出した結論は、魚沼で宿を開業しても勝ち目がある。

その理由として、

①軽井沢周辺に比べても自然環境は圧倒的に魚沼の方が上。

②温泉の泉質、湯量、食文化も魚沼の方が上。

③更にインターからのアクセスが抜群。

ちなみに、旅館業という経営を成り立たせるうえでの最大の問題は知名度とPR手法と考えたそうです。

②常識を覆すイノベーションはデザイン思考が生んだ

岩佐さんの会社では、雑誌の特集を組む際に、データの収集、分析の前にまず自分達がどう思うかという肌感覚を重視するそうです。

何かを企画する時に先ず重要なのが体感、体験すること。

そこで感じたものを自分たちで先ず分析した上で、関連するデータに目を通すそうです。

なるほどと思ったこと、あれ?っと思ったことを反対にみることができないか。

逆方向の検証を行い、更に年齢や所得、職業などあらゆる人格を想定しながら、何パターンもの検証をするそうです。

次に考えるのが世相。

人々が何を望んでどこへ向かっていくのか。

自分の会社の目的と社会がコミットメントする点がどこなのか更に反復検証するそうです。

マーケティング理論はじめ経済学がこれだけ高度に発達し、さらにコンピュータでさまざまな計算ができるようになると、すべてが計算によって未来を読み通せるように錯覚する。

結果、何が起きたかというと短期的利益の追求となってしまう。

この現状を打開する為のひとつの発想法がデザイン思考だそうです。

③宿はショールーム。そしてリアルメディア

購入した新潟県にある大沢山温泉の母屋や素晴らしい建物で、総欅、総漆塗り。

更に宿の先の林道の先には、数枚の棚田、正面は日本百名山の巻機山があります。

その中で、3億円掛けたリノベーションで拘った部分は古民家の再利用とエネルギー効率の向上でした。

実は、ヨーロッパやニュージーランドなどの環境先進国でのエネルギー事情からもっとも身近でエコな取り組みは断熱という研究をしていたこと。

一方、日本にある古民家というと「暗くて寒くて辛気臭い空間」という地元の悪いイメージを変える必要があったそうです。

本来のデザインとは社会を変えていく力、生活を豊かに変えていく力と岩佐さんは考えます。

デザインすることとは問題解決と目標達成のプロセスに他ならない。

古民家という隙間だらけの建物に、吹き付け断熱とエアサイクルの導入という高気密住宅の考えを取り入れ、熱源は電気、灯油、薪、木質ペレットと4種類を取り入れ、状況と時間帯によって使い分けるという方法を試すことにしたそうです。

更に広い空間に現代の生活に近い空間と使い勝手の良い家具を配置したそうです。

その理由は、宿はライフスタイルのショールームと考えたからだそうです。

ベットや寝具もおすすめできるもの、つまりすわり心地抜群の椅子特集や快眠を誘うベット特集を雑誌で作るのと同様、リアルメディアとして宿に用意しているそうです。

④現実社会とデータの反復検証

里山十帖はグッドデザイン賞ベスト100に選ばれ、ものづくりデザイン賞も受賞したそうです。

その理由に地域発信のためにデザインを活用した取り組み。

宿等サービスを提供する仕組みだけではなく、高いクオリティでまとめられたデザインも高く評価を受けたそうです。

具体的には、南魚沼地域の食と農の連携など10のテーマをつなげることで、単純に泊まるだけではない価値を提供。

地域の住民も取り組みに参加し、山村の活性化と雇用創出も生み出している点も評価。

この新しい取り組み、仕組みが受賞理由であり、デザインとは、問題解決や目標である達成のプロセスやテクニックを指す。

つまり、デザイン的思考とは、現状の閉塞感を打破するための、従来とは異なる思考アプローチ法だと岩佐さんは定義づけています。

そのもっとも重要なスタート地点はデータを見ないことであり、先ず対象となる事象をとにかく自分で体験してみることから始めることだそうです。

地域おこしをするなら、ひたすら他の地域を訪れる。

宿泊施設の開業を検討するなら、興味ある施設に泊まってみる。

そしてその際自分の趣味に走らず、自分自身をどれだけ俯瞰して体験出来るか、そこが重要だそうです。

できるなら、自分自身の中にいくつもの価値観を存在させて、多重人格的に体験する。

どんなタイプの人から共感を得るのか自分の中で複数の検証を行うのが大切だそうです。

データを見るのはその後で、どの見地に立って書かれたものか加味しながら検証しなければならないと言います。

ちなみに岩佐さんの会社では、多重人格で見たか。どんな人格を憑依させた?といった言葉が飛び交うそうです。

他にも、岩佐さんの会社が雑誌の特集を決める際にもまったく下調べはせず、まずは適当な寿司屋に行くそうです。

そして、寿司を食べながら周りの人を観察したり、自分自身の中に他の人格を思い描きながら、いま、消費者がどんな寿司を好んでいるのか考え、部数を取りたい場合にはあらゆる人格を憑依させて、最大公約数の嗜好をひたすら検証。

一方、ある特定の層にコミットしたいなら、その層の人に憑依させて、嗜好を探るそうです。

そしてその作業は回数を重ねるほど精度が上がるそうです。

(例)特定の層の憑依例の成りきりイメージ

➀銀座などの老舗が良いと思っている人

②熟成させた白身が好きというちょっとした通な人

③寿司より鮮度のいい魚が好きな人

④東京の寿司屋には結構通っているという人

⑤回転寿司は嫌だけどとにかく安いことが重要だと思っている人

⑥地方の市場寿司が最高と思っている人

⑦寿司が一番と思っている人

⑧地方在住で築地に食べに行きたいと思っている人

⑤共感の統合

多くの人格を同時に脳内に走らせて現実社会とデータの反復検証を行った後は、膨大に膨れ上がった脳内の情報を統合し、必要とする人物を抜き出し、それらの価値観を同時に走らせながら共通するポイント、共感ポイントを探っていくそうです。

ここに辿り着くと今まで見えていなかった地下を流れる巨大水脈が見えてくるそうです。

ここで守るべきは複数の人格で作業しない。

ちなみに、編集長自身の人格ではなく、雑誌の編集者としての人格を作るという作業だそうです。

これを里山十帖で考えると、現実社会とデータの反復検証では、宿泊客が、誰とどんな目的で宿を訪れ、そこに何を望んでいるかを考える。

首都圏から近い箱根や伊豆にはどんなお客様が来ているのか。

宿のタイプによって客層はどう変わるのか。

山梨や長野はどうか。

全国の宿ではどうか。

他にはない個性を出している宿はどうなのか。

想像するのは宿だけではなく、レストラン、スパ、スキーリゾートなど関連するあらゆる場所と人物の組み合わせを妄想するそうです。

その後、はじめて自分の会社の方向性、やりたいことと、妄想した嗜好と可能性を結びつけるそうです。

提供する食事はオーガニック&デトックスをテーマにしたいが、そこに来る人はどんな人だろうなど、あらゆる人物を自分に憑依させて、自分自身の感覚として共感していくそうです。

例えば、里山十帖では、以下のコミュニテイを想像して共感ポイントを探ったそうです。

・金銭的価値に変えられない本質的に豊かなライフスタイルを求めている人

・既成概念にとらわれず、常に新しい価値観を創造しようとしているクリエイター

・常に出会いや刺激を求め、自分と社会を変えていきたいと思っている人

・地球環境と自分の暮らしを複合的に考えている人

・食べることと、生きることの関連性を、真剣に考えている人

コミュニテイの意識共同体を自分の中に形成して、全体的な館内の雰囲気やデザインの方向性、価格の大枠を決めていく。

ここではじめて、データをざっと眺め、自分が想定するターゲット数とデータから推定される人数の差異を修正して、想定宿泊価格や稼働率予測に当てはめていく作業を行うそうです。

⑥思考のスクラップ&ビルド

デザイン的思考は、世の中の微妙な空気感や世相を自分の中に取り組んでいく考え方なので、1年後には1年後の結論があるし、3年後には結論が全く違うものになるのは当然だそうです。

つまり、結論は時間軸とともに変化する。

従って、ときには「白紙に戻して考える」「いままでのロジックを崩す」という作業が必要になるそうです。

つまり、絶えず人間の微妙な肌感覚を検証し、そのゆらぎによる調整を掛けていく必要がある。

これを岩佐さんたちは、思考のスクラップ&ビルドと呼んでいるそうです。

特に実作業に入ると、妥協なき前進を常に自分に課して「魂は細部に宿る」という直感にまで注意を払って、計算しつくしてこそ、なんとなくが伝わるそうです。

⑦デザイン的思考が生んだ成功法則-モノよりコトの価値共有を目指せ

里山十帖は単に泊まることだけを目的とした場ではなく、宿泊する方に十の物語を用意した発見、体感の場だそうです。

①従前の宿場町としての機能、②湯治宿としての機能、③歓楽街型の機能へのニーズが廃れる一方、記念日や自分へのご褒美といった自己投資へと変わっていく中で、癒されたいといのも新たな活力を得る。

知識を得たい。

健康になりたい。

共感したい。

というニーズも自己投資の一部と考えると、十の物語は、ハードなどのスペックで表現できるものではなく、心に訴えかけるソフト面での物語なのだそうです。

食・住・衣・農・環境・芸術・游・癒・健康・集という十の物語からなにかひとつでも体感し、明日からの生活に役立ててもらうことを目的としているそうです。

⑧圧倒的な強みの明確化-里山十帖と言えば絶景露天風呂/自然派日本料理というシンボルを作る

年齢もターゲットも関係なく、温泉と言えば絶景が一番の訴求ポイントであることを知ったうえで、湯船につかった時に絶景が見られる数少ない風呂を意識して、露天風呂の場所、杉林の伐採を行ったこと。

また、地味だけど滋味をテーマにし、土の香り、農作物そのままの味と香りを感じるような自然派日本料理、特に新潟県南魚沼ならではの山菜などの味を追及しているそうです。

⑨意外な組み合わせがイノベーションを起こす

里山十帖のレセプション棟は築150年の古民家をリノベーションしているそうですが、先に述べた通り、新潟県民にとって古民家は、寒い・暗い・ダサイというデメリットしか語られないものだそうです。

実は古民家が寒いという既成概念ができあがってしまうと、現地の方は温めようとすら考えないそうです。

一方、岩佐さんは、エネルギー消費を最小限に抑えて快適に暮らすという考え方でもって、里山十帖では、徹底した断熱といった手法を取っているそうです。

その結果、宿では、断熱に加え、エアコンのファンやストーブの音が聞こえない静けさも実現しているようです。

どんな街にも、どんな宿にも物語がたくさん眠っている。

なにも解説がなくても、物語はいたるところにあり、感じるか否かは客人次第。

大切なのはストーリーなんだそうです。

⑩地域への創造的貢献を目指す

伝統野菜は、京都や金沢、鎌倉という古都のものというイメージがありますが、どんな地域にも伝統野菜があったものが、種を自家採取しなければいけない伝統野菜が、観光客という消費者が集る古都だけで生き残ったのが現実だそうです。

一方、新潟には、雪国の閉鎖性や自給自足、循環農業の考え方が残っていたため、多くの伝統野菜が各地域に残っているそうです。

里山十帖では、そんな貴重な伝統野菜を集めたい為、契約栽培をすることで、地域の生きがい農業を支える一助となるようにしたそうです。

また、お客様が集う新たな出会いの場でありたいという集うという考え方を元に、地域の人々にとって新しい驚きと発見の場を作るために、若手のアーテイストやデザイナーを定期的に呼んでいるそうです。

また開業するに辺り、新しい料理人を募集する際に、理想の料理人が見つかるまで、自分達が考える料理を自分たちのできる技術力の範囲でつくる。

そのうち「これならできる」「やってみたい」という応募があるだろうと考えていたそうです。

その結果、里山十帖の考え方に共感して、全国から応募してきた人を採用しているそうです。

⑪自分の所感-売れる旅館のイメージが湧くまでの膨大な体験が大事

旅館を成功させるための様々な取り組み、凄く勉強になったと共に、どの商売も世の中がどういった世相、サービスを提供していて、自分たちは何を新たな価値として提供できるのかしっかり考えて差別化を図ること!

そして地元との連携を図ることなど、凄く地道な努力が大切なのだという商売のイメージが湧きました。

里山十帖。近いうちに行ってみたいと思います。