私が中国株を追いかけていた頃、大変有名だった「邱永漢」さんの本を取り上げてみたいと思います。今回は、グラフ社出版「生きざまの探求」を紹介します。
邱さんの本は、20代の頃から読み始め、2000年代後半から2010年代前半にかけては、その考えに賛同し、邱さん水晶の中国・ベトナム株式投資まで手を出したこともあります。
その後お亡くなりになった後は、どちらの国の株も売り払い、今は日本やアメリカ株に手を出していますが、改めて本書を手に取り、面白い考え方をご披露されていると感じ、紹介することにしました。
はじめにの部分で、人生八十年を二つに分けるとすれば、人生の後半を決めるのは、前半の四十年だろうし、後半のまた後半を決めるものは、後半の前半であろう。
四十一歳から六十歳までを創意工夫で埋めてきた人なら、あとの二十年も同じ姿勢で貫くことができよう。
その意味で男盛りは重要な時期であると指摘しています。
目次
第一章 第二の人生には「昔取った杵柄」が一番役に立つ
第二章 自分のお金は自分で運用するに限る
第三章 やりたいことをやり、悔いをあとに残さないようにする
第四章 世の変化を見る目と、それに応じて動く習慣を身につけよう
第五章 思いきってお金を使うようにしよう
第六章 旅に行こう、オシャレをしよう
第七章 死んだ後の備えは、頭がはっきりしているうちに
第八章 若い人を友達にする努力が必要
第九章 好奇心と情熱が残っている限り、人生に終わりはない
①40歳で自分の天職を見定めるのが邱さんのおすすめ人生コース
サラリーマンは定年がやってくる。
60歳の定年が65歳に伸びようと、少し伸びただけであり、定年になってもその先にまだ15年も20年も残っている。
一方、邱さんの考えでは、60歳の定年になってから頭の切り替えをし、新しい挑戦をするのでは遅すぎる。
そういった意味で、80年の人生を1歳から60歳、61歳から80歳に二分するより1歳から40歳、41歳から80再までといった二分法があらゆる点で都合が良い。
まず1歳から20歳までは成長期で、社会人としての経験を積むのは、20歳を過ぎてからである。
入社してから色々な部署を回ったり、対外的な経験を積んで、どれが本当に自分の天職であるか悟るのに20年がかりでやる。
そこで残りの人生をかけてやる仕事を見定めるのが40歳というのが、邱さんのお薦め人生コースなんだそうです。
また、自営業には定年はないが、サラリーマンには60歳の定年がある。
しかし定年のないことが本当にいいことなら、60歳になってからそう思うよりも、35歳から40歳までの間にそう思うべきで、40歳で自分の首を切るべきである。
辞めても辞めなくてもさしつかえないが、40歳の節目のところで、20年後の自分に思いを致して、自分はここでどうしたらよいか考えてみるのはよいことである。
尚、邱さんの考えでは、42歳と55歳は男の厄年で、ご自身も歌謡曲を作ったり、国政選挙に出るなど、色々と道を思い悩んだり、突飛な行動にでたりしたそうです。
②階段は昇りつめれば下りになる
人の風貌を見ていると、年に似合わず若々しい人もあれば、早くから年をとって見える人もある。
また、人の年の取り方は、知らず知らずのうちに年をとるように見えても、よくよく観察していると、ガクンガクンという感じで、1週間か10日で歳を取るんだそうです。
若さを維持する活力があって、それがみなぎっている間、風貌も気力も充実しているが、どこかで若さを支えるエネルギーが切れて、突然地盤が落下するように落ち込む。
時がたつにつれて自然に老化するというよりは、精神的なショックを受けると、それがきっかけになってエネルギーが消耗されてガクンガクンと来る感じなんだそうです。
また、人間の精神や頭脳は、25歳から30歳がもっとも早いと言われるそうですが、先入観にとらわれないという意味で着想力にすぐれているということが出来るかもしれないが、知識とか判断力とか分析力とかいうこになると経験することによってだんだん集積されていくから、年功がものをいう。
従って、精神的な登り坂は、20代も30台も登り坂で、40歳でやっと峠までたどり着く。
また、40歳になれば、あとは体験が積み重なるだけだから、50代になれば40代の時より智慧があるようになるとはあまり思えない。
40代で早くも老化の進む人もあれば、80歳になってもまだ40代のように頭のシャープな人もいる。
従って、40歳を成長期の終点、成熟期の入口と見てよい。
成熟期になるとしばらく平らなところが続いて、あとは下り坂になる。
社会的地位を築く作業はこのころからはじまる。
一方、60歳を超え、定年後の仕事をうまく選んだ人は、よい老後を送れるはずで、仕事は辞めたのだから仕事のことは考えなくてもいいと考えがちになるが、仕事をすることに慣れてきた人が突然仕事場からはなれると、がっくり来て、にわかに年をとったりする。
仕事はお金を得る道であるばかりでなく、健康の支えにもなるから、仕事のことを優先に考えるべきであるそうです。
また、60歳を過ぎた第二の人生が第一の人生に比べてみすぼらしいものになり、自分でも劣等感を感じながら生きるようになると、余白の人生は暗いものになる。
一般的に定年退職をすれば、収入が減るのは当たり前だが、退職金も含め、財テクでカバーできる。
問題は収入のことよりも、余白となった部分をどう埋めるつもりか。
65歳をすぎてからの人生に対する取り組み方をどのように真剣に考えているかとなる。
邱さんは、当時の平均寿命+&の77歳で死ぬ年を決め、終わりがはっきりしていると残り時間が勘定できることから、やりたいことがある人はそれを実行するため、スケジュールを組むことになる。
邱さんはその結果60歳辺りで、香港の中国への返還のタイミングを見越して、1992年に香港に住居を移しました。
③世の変化を見る目と、それに応じて動く習慣を身につけよう
邱さんは、お金持ちの神様と言われていたことがあり、「インフレに続いて借金が帳消しになるときがあるから、怖がらずに借金して自分の家を買いなさい」とか「株を買うときはすでに有名な一流株を買うよりも、将来横綱になるような成長株をまだ店頭株の自分に買って辛抱強くじっと持っていなさい」といったことが、何十年もたってみるとその通りになっていたこともあったそうです。
また、邱さんがいうには、お金を儲けるためには、世の中の変化を追う目を持っていることで、いつまでも同じところで釣竿を垂れて、魚が食いついてくれると期待する方がどうかしており、そういう時は魚の動く方向に自分も動く必要がある。
そういった世の変化を見る目とそれに応じて動く習慣をつけておけば、仕事はいくらでもあるし、年をとっている暇なんてない。
何もやる仕事がなくなる前に、次にやる仕事を探す。
人々の関心事の移り変わりに応じて、自分の守備範囲を広げる。
邱さんの場合、株や経済、国際化、老齢化、更に食べ物から旅行まで守備範囲を広げることで、いまなお仕事にあぶれないですんでいると書かれています。
④人生はお金を時間で積み上げていく作業工程
人生とは、「お金」というレンガを「時間」というセメントで積み上げていく作業工程のようなところがあり、歳をとるにつれてストックが増えるから、駆け出しの若者に比べれば、いざという時にお金に困らないで済む。
歳をとっても親に権威があるのは、ストックを持っていて、いざという時は子供の面倒を見ることができる立場にあるからである。
男は働き盛りの年齢になると、それにふさわしいだけの収入がある。
収入があれば、気前よくお金を使う。
しかし人の一生でこういう時期はいつまでも持続するものではない。
自分では自信を持っていても、いつか必ず下り坂に差し掛かるときがくる。
サラリーマンなら、定年を迎えたとたんにこうした悲哀を一挙に味わわされる。
だから、こうした時期が来ることを備えて、消費は控えめに、投資は多少の無理をしても活発にやる。
反対にある年齢に達すると、人生の先が見えてくる。
下り坂といってもいきなり下り坂になるわけではない。
働き盛りにずっと財テクを心掛け、かなりのストックを持つようになった人は、むしろ死を前にして、意識してお金を使うように心がけるべきであろう。
⑤若い人を友達にする努力が必要
年寄りは寄るとさわると、昔話になる。
でなければ、孫の話になる。
どこでどうひっくりかえってしまったのかわからないが、若い時は未来を向いて歩いていたのが、いつの間にか未来に背を向けて、未来に向かってあとずさりをする姿勢になってしまっている。
前を見ないで、過去のことばかりこだわっているから、新しい発見はますます少なくなり、いよいよ過去の記憶の中で生きるようになる。
年をとっても、やる仕事がいくらでもある人は時間をもてあますことはない。
ビルの管理人、駐車場の管理人、病院や福祉事務所の事務員などいくらでも就職口はあり、与えられた職場で力いっぱい生きることができる人は、気持ちも明るくなるから人にも大事にされるし、新しい友達もできる。
新しい職場で新しい友人ができることほど心強いことはない。
また、友達をつくる一番手っ取り早い方法はご馳走することだと邱さんは話します。
自宅に呼んで人をもてなすのにお金も手間暇もかかるが、お客があふれている間はしばし寂しさを忘れることも事実である。
また、邱さんの場合は、若い人が経営者として習練を積むためのチャンスを与える層で、邱さんがお金を出して事業をおこし、若い人を責任者にし、失敗を重ねながら仕事の容量を覚え、やがて一人前にしていくんだそうです。
⑥私の所感-邱さんとの思い出も含めて
邱さんは、この本にある通り、その後、中国で様々な事業を起こし、株式投資をされ、読者にも紹介したりと、年齢を重ねても精力的な生き方をしていました。
中国投資考察団、上海邱友会などもあり、邱友会は私自身何度か参加したこともあります。
邱さんが今の中国経済を見たときに、何を言うかも気になりますが、今でも新しいことを追いかける人生かと思います。
一方、株式投資については、バフェットや柳下裕紀さんのような専門家が世の中に見える形で出てきたり、フランチャイズバリューを築いた企業の存在など、専門家が台頭してきているように見えます。
そのあたりのより専門性を持った書き手が世の中に出てくる中で、邱さんの様々な事業やジャンルに手を出すスタイルがややもすると、大きな成功にはつながらなかったのかとも思いました。
但し、この本を読んでみても、生き方は、やはり普通の人とは違うし、兎に角様々な場所を訪問して、興味が赴くままに行動する第一人者として、沢山の老若男女問わず、人を惹きつけるものがあると感じました。
定年後も人生充実させたいですね。
